
百鬼夜行
今夜のホテルはツイン(喫煙)二部屋。松本とラースは別の階。「夜食買うてくる」と言って小幡がさっき出ていったから、今この部屋にいるのはおれひとり。
にしては、なんか、気配がある。
背後からかたかたっと音が鳴った気がしてハッと振り返る。が、あるのはヤニ焼けした薄クリーム色の壁だけ。隣の部屋か? そうに違いない。さっきまで全く無音やったけど。あれやろ、むちゃくちゃ熟睡してた人が高いとこから落ちる夢見てビクッてなったんやろ。……。
まさかな、となんとな~く気になって、スマホを手に取ってホテルの名前をGoogleの入力欄に打ち込む。検索ボタンを押す前にずらっと出てくるサジェスト。
“出る”“ヤバイ”“なんかあった”“二〇一三年”……
役満すぎる。これ以上調べるまでもない。余計なものを見んようにブラウザを閉じる。
小幡のやつ、どこまで出かけとるんやろ。来がけに見たコンビニはそこまで遠くなかったはずやけど、小幡なら「飲みたくなって~」とか言ってどっかのバーに寄ってこんとも限らん。帰ってくるまで松本たちの部屋に行っとくか? あいつら、何号室やったかな。
いつの間にかちびていた煙草を灰皿でもみ消し、スツールから立ち上がろうとしたまさにその瞬間、だれかがドアをノックした。こんこんこん、と高い音。おれの行動を見透かしたかのようなタイミング。ぞわっと全身の産毛が立って、心臓の鼓動が速くなる。無意識に動かず待っていると、さらにこんこんと音が鳴った。鍵、閉まっとるよな?
こういうのって、無視したほうがええんやったっけ。いや、無視するとやばいのか? 正解が分からん。忍び足でドアに近寄り、音を立てないようにそっと覗き窓へ顔を寄せる。覗き込んだレンズの先で、廊下に立っていた松本が、再度ノックをしようと腕を構えていた。松本かい!
安堵に息をつきながらドアを開けてやると、松本はこっちの気も知らんと「なんだ、おるやん」と笑った。
「どしたん」
「人魂見とらん?」
人魂?
「……人魂?」
「なんか、ふわーって浮いとって。なんやろ~って追っかけてきたんやけど」
松本がおれの肩越しに部屋の中を覗き込んで「おらんなあ」と不思議そうにつぶやく。安心しかかっとった背中に、またうっすらと悪寒が走る。なんやろ~ってなんやねん。そんな怪しいもん追っかけんなよ。しかもこの部屋に入ってったってこと!?
なにから言うべきか分からんでまごついているうち、開けたままのドアの裏のほうから「あれ」とよく知った声が聞こえてきた。小幡や。コンビニからまっすぐ帰ってきてくれたらしい。小幡は提げたレジ袋をわしゃわしゃ鳴らしながら近づくと、なぜか首をかしげながら不思議そうにドアの裏と表とを交互に見やった。イヤ~な予感。
「さっき、なんかすり抜けて行かんかった?」
小幡がおれと松本のあいだを指さして言う。イヤ~な予感その二。
「なんかってなによ」
「人魂みたいなん。二匹」
閉口。
部屋の中へ入りながら小幡から話を聞く。曰く、コンビニを出たところで人魂のような火の玉が宙に浮かんでいて、ふら~っと動いていたのが気になって追いかけていった果て、この部屋まで帰り着いてしまったのだという。「小幡も見たんや」と謎にうれしがる松本。おれを放置して人魂トークに盛り上がるふたり。
「……あのさあ、なんで追っかけるんよ。怖ない、ふつう?」
耐えかねたおれが冷や水を差す。と、松本と小幡はふっと顔を見合わせて、同時にきょとんと首をかしげた。
「なんでって言われてもなあ」
「なんか、おもろそうな人魂やったし」
「そうそう」
人魂におもろいもなんもないやろ。まさかこいつらも怪奇現象の一部になっとるわけやないよな? 怖がってるおれがおかしいんか?
とか思っていると、まただれかが部屋をノックした。松本がドアを開けると、予想通りラースがひょっこり顔をのぞかせる。「あのー……」と、不穏な切り出し。
「今ここ、変な火の玉入ってきませんでした? 三匹」
もういやや、このホテル。